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東日本大震災から8年

更新日:2019年3月18日

正確には8年と1週間です。この震災で亡くなられた方々のご冥福を改めてお祈りいたします。

写真はもう6年以上前の記事です。

当時私は中学校で卒業式に向けての準備がひと段落した時だったと思います。どこからかニュースが入ってきて、職員室のTVで津波が押し寄せている映像を見て、衝撃を受けたことを今でも覚えています。

それから1年半、ずっと機会を捜していたのですが、平成24年の夏休みの日程を遣り繰りして(職員は休みではないので苦労して調整して)車に寝袋を積み東日本へと旅立ちました。

一体どれだけの範囲がどんな被害を受けたのか、自分の目で確認したいという思いでした。

車中泊をしながら一路青森まで北上し、そこではねぶた祭りを見て、太平洋側の海岸沿いをひたすら南下しました。

ねぶたの賑わいとは対照的に、岩手県に入ると被害が大きくなり、宮城県、福島県と総延長1000㎞超にわたり津波の爪痕ばかりでした。一方復興の兆しもわずかですが感じられました。写真もたくさん撮りましたが、ここに被害写真を載せるのは止めます。

最初は見るだけでしたが、そこで暮らす方々の思いが知りたくなり、カメラを向ける代わりに話しかけてみました。皆さん親切に答えてくれました。家に招き入れて当時の生々しいお話をしてくださる方もありました。そして、自然に自分にできることをしたいという思いになりました。ボランティアを受け付けている場所を検索し、南相馬市で1日だけというつもりでボランティアに汗を流しました。原発事故のため昼間だけ帰宅が許されたお宅の片付けの手伝いでした。実は一緒に働いた人たちが凄かったのです。自分も被災しながらも参加している人、横浜から自分の有給を全部使って何回も来ている消防職員など、今で言う「スーパーボランティア」のような方々ばかりでした。お昼に持ってきたコンビニ弁当が自分だけ豪華で逆に肩身が狭かったです。

写真:熊本から来ておられた瓦職人さん 夕食も自炊で

この人たちは何でこんなに頑張れるんだろう?そんな疑問が大きくなり、体は疲労困憊だし日程のタイムリミットが迫っていましたが、翌日もう一日参加しました。そして1日作業させてもらったその家の人に最後「ありがとうございました。」と御礼を言って終了することの意味を教えてもらい、自分の生き方を見つめなおす機会となりました。うまく書けないので割愛させてもらいますが、腑に落ちました。新聞記事はこの旅の経験を全校道徳という形で授業したとき取材を受けたときのものです。自分にできることは生徒に伝えることだと考えて実現したものです。

理科教師でしたので、放射線量計を購入し持参していました。帰路に着き、福島原発のある海岸沿いが通行止めであったため、飯館村へ抜ける峠道を走っているときに放射線量が今までで一番高くなりました(写真上)。このときはどこまで増えるのだろうと緊張しました。下の写真は本日のミュージアムハウスの私の机の上ですので、約30倍以上高いことになります。日本での平均は0.49μSv(マイクロシーベルト)です。取り返しの付かない原発事故の一端に触れた気がしました。人気番組だった「ダッシュ村」もこの近くでした。

時とともに人々の記憶は薄れていくものですが、私はこの旅と旅先で学んだことを忘れずにいたいと改めて思いました。そう言いながらも、日々の生活やお客様と接するときに、知らず知らずに相手を不快にしていることもあり得ると自分を戒め、行動していこうと振り返る機会とさせていただきました。

中山茂樹

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